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東京地方裁判所 昭和34年(特わ)221号 判決 1959年10月10日

被告人 東京電解株式会社

右代表者取締役社長 竹内信弘 外一名

主文

被告会社を判示第一の罪につき罰金六十万円に

同第二の罪につき罰金五十万円に

被告人を判示第一の罪につき罰金十万円に

同第二の罪につき罰金十万円に

それぞれ処する。

被告人が同人に対する右各罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告会社の負担とする。

理由

被告会社は千代田区神田鍛冶町一丁目二番地に本店を設け、非鉄金属の電気分解並びに製品の販売、鉄板の錫鍍金加工販売、鉄屑の圧搾加工販売等を営業目的とする資本金三百万円の株式会社であり、被告人竹内信弘は右会社の代表取締役として会社の業務一切を統轄しているものであるが、被告人は被告会社の業務に関し法人税を免れる目的をもつて売上除外等の不正な方法により

第一、昭和三十年四月一日より同三十一年三月三十一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が別紙修正損益計算書一記載の如く金千七百七十五万九千三百二十一円であつたのにかかわらず、昭和三十一年五月三十日所轄神田税務署長に対し、所得金額は金八百三十六万四千七百円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額金七百七万八千七百二十円と右申告税額金三百二十六万八千三百六十円との差額金三百八十一万三百六十円を逋脱し、

第二、昭和三十一年四月一日より昭和三十二年三月三十一日までの事業年度において被告会社の実際所得金額が別紙修正損益計算書二記載の如く金千三百七十万二千二百九十二円であつたのにかかわらず昭和三十二年五月三十日所轄神田税務署長に対し所得金額は金七百十四万九千八百十二円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税金五百四十五万五千八百八十円と申告税額二百八十一万九千八百三十円との差額金二百六十三万六千五十円を逋脱し

たものである。

(証拠略)

なお検察官は被告会社の申告に係る昭和三十年度分減価償却費金三百二十六万三千九百九十三円については金八十四万五千四百八十円、貸倒準備金繰入金五十四万四千五百五十一円については金七万九千八百二十九円、同三十一年度分減価償却費金二百九十八万四千五百三十円については金七十一万六千八百二十五円の各超過、同三十一年分につき雑益金七十九万二千八百九十四円の脱漏ありとし、これらはいずれも被告人が法人税逋脱の目的をもつてそれぞれ確定申告書からもらしたものとして逋脱所得に加算しているのであるが、減価償却費、貸倒準備金繰入については被告会社の決算においても何等秘匿するところなく、それぞれ損益計算書損金の部の各勘定科目にそのまま掲げられており、法人税逋脱の目的をもつて詐偽その他の不正行為を弄したあとは認められない。なるほど減価償却費については被告人の検察官に対する供述調書中同被告人の供述として「工場の施設などについては損耗度が激しいので税法で規定する耐用年数を短縮して処理しているということは聞いていた」旨の記載、竹内信次の検察官に対する昭和三十四年四月二十一日附供述調書中同人の供述として「減価償却については定率法でやつていたが会社の場合は工場で塩酸を使うため機械、建物等の固定資産について損耗度が激しいので税法で認めている耐用年数を短縮して計上している。これについては特に税務署長に対し届出はしていない。従つてこの分だけは過大になつている」旨の記載によれば、この点につき被告人に逋脱の犯意が存したのではないかと疑われないことはないのであるが、他面被告人の当公判廷における「従来から税務署をパスしていたのでごまかす必要は全然なかつた」旨の供述、証人武井文生の当公判廷における「なおこの件に関して会社から耐用年数が酷であるといつてきたが、上司と相談したら現在の制度では救済できないのではないかとの結論になつたので法定の耐用年数によつてやつたのであるが、自分の方では内規によつて犯罪事実を構成する所得として扱つておらない」旨の供述耐用年数基準の如きは大蔵省令、告示等によつて公示されており、これと異る基準を用いれば直ちに発見されること等の事情等を綜合して考えれば、所轄税務署は従来から被告会社においては鉄屑中の錫の回収作業等のため濃塩酸等の劇薬を使用するため特に腐蝕度の激しいことを認め一般の法定耐用年数基準により難いとして特別な耐用年数を用いることを承認し被告会社の処置を是認してきたので、被告会社は本件各起訴年度においても従前どおりの方法により減価償却費を計上、申告したところ、本件起訴年度に至り俄かに従来の方針を改め法定の耐用年数基準によるべきものとして被告会社の申告を否認し減価償却費超過として除算したものであることがうかがわれるのであつて、所轄税務署の従来の措置が誤りであり、今回の措置が正しいのであるかどうかは別問題として、すくなくとも被告人はこの点の申告につき税務当局を欺罔して不正に法人税を免れようとした意思は認め難い。また昭和三十年度における貸倒準備金繰入超過額否認金七万九千八百二十九円は被告会社が計上した貸倒準備金繰入額金五十四万四千五百五十一円と税務計算による繰入限度額金四十六万四千七百二十二円との差額に過ぎず、昭和三十一年度における雑益金七十九万二千八百九十四円は被告会社が当期末において債権償却引当金勘定を設定したのであるから、これと同時に期首現在の貸倒準備金額金八十七万二千七百三十三円と期首現在の繰越否認額金七万九千八百二十九円との差額である期首現在貸倒準備金額金七十九万二千八百九十四円はこれと同時に取くずすべきであつたのに、被告会社はこれを取くずさなかつたので税務計算上これを雑益として計上されたものに過ぎないのであつて、いずれも会社経理上妥当でないことは勿論であるが、被告人が法人税逋脱の目的をもつてなした詐偽その他の不正行為によるものとは到底認められない。

検察官は叙上の点について「直税逋脱犯の犯意が確定犯意を必要とせず、不確定犯意乃至未必的犯意、すなわち概括的認識をもつて足りることは一般刑法と異るところはない。

しかも行為当時計数的に正確な所得額乃至秘匿及び逋脱額についての認識を要しないことも判決例の認めるところであり、学説もこれを支持している。また逋脱の意図乃至目的は故意の要件ではないとの考えに立つて所得秘匿の不正行為が例えば闇取引の発覚防止等他の目的の手段であつても犯意の成立に欠けるところはないとする判決例もあつて、かかる方向において犯意を把握する考え方が直税事件裁判上の通説といわねばならない。更に税法法規に関する法律上の錯誤、違法の認識の欠缺が犯意を阻却しないとする伝統的な考え方に立つた通説判例の方向と一部科目の処理について税務官吏の指示容認があつたとしても不正の手段をもつて真実の所得を秘匿し、過少申告であることの認識がある以上原則として犯意が阻却されることがないとする立場が各判決例により保持されることと思い合わせるとき、結局において被告人が申告時において何等かの不正手段により申告所得が真実所得より過少となつているという概括的な逋脱犯意をもつている限り、個々の逋脱勘定科目についての認識は必要とせず、終局的計算によつて確定される真実所得額と過少申告所得額との増差額全体について犯意があり犯罪が成立すると認めることが相当であつて、その個別的科目が税務上の是否認金であるか否か、又国税当局の告発時における計算上の取扱如何を問わないものと解すべきである。従つて本件において弁護人が犯意なしとして争う各科目はそれが増差所得額の内容をなしており且つ被告人が前述の意味においての逋脱に関する概括的犯意を認めている以上、当該個別勘定科目について犯意なしとして逋脱所得内容から除算する理由はない」と主張するからこの点について按ずるのに、法人税逋脱罪の主観的要件たる犯意すなわち脱税の認識は概括的なるをもつて足り、確定的犯意を必要とせず、従つて行為当時計数的に正確な所得額乃至秘匿額及び逋脱税額についての認識を必要としないことは所論のとおりであるが、逋脱犯は固より故意犯であるからその成立には毎に納税義務の存することの認識が前提となるべきであることは当然であつて例えばある収益を事実の錯誤により課税対象の範囲外に属するものと誤解処理した如き場合には、この点につき納税義務の存することの認識を欠いているのであるから、たとえ全体としては虚偽過少の申告をなしておつたとしても、この分については逋脱の意思を認めることはできないから逋脱額にこれを加算すべきではないと考えるのである。本件の場合にあつても税務当局によつて否認せられた貸倒準備金繰入超過額、減価償却費超過額及び貸倒準備金額を取くずさなかつたために雑益と計上された金額については被告人の詐偽その他不正行為によるものとは認められず、これらは被告会社の損益計算書にもそのまま記載されており虚偽記載等特別の事情も認められず、叙上の科目金額が脱税意図の下に計上記載されたものとも認められないから、これらを逋脱額から除いたのである。

次に弁護人は被告会社が売上金の一部を別途預金とし当該事業年度の決算書から除外して申告したことは法人税法第四十八条第一項にいう詐偽その他不正の行為に該当しないと主張するけれども、同条にいう「詐偽その他不正の行為」とは事実を虚構し、または真正な事実を歪曲し、若しくはこれを隠匿して当該官吏を錯誤に陥らしめる等逋脱を可能ならしめる行為であつて社会通念上不正と認められる一切の行為をいうものと解すべきであるから本件におけるが如く法人税を逋脱する目的で毎期の売上代金の一部を表勘定に計上せず、これを別途預金とする等の方法により虚偽の貸借対照表損益計算書等を作成し、これに符合する虚偽過少の所得金額を確定申告書に記載して所轄税務署長に提出するが如きはむしろ典型的の詐偽その他不正行為であつて、別口預金口座を設けるが如きは未だ客観的に政府を欺罔するに足る不正行為とはいえないから前記法条にいう詐偽その他の不正の行為に該当しないというが如きは固より独自の見解であつて到底採用することはできない。また税務当局の調査査察を受けた際には、これを欺罔する意思なく直ちに別口預金のあることを自白したとしても、すでに法人税逋脱の目的をもつて詐偽その他不正の行為により所轄税務署長に対し虚偽過少の確定申告をなし、そのまま納期を経過している以上、さかのぼつてこれらの行為を正当化するものではないことは勿論であり、また別口預金口座を設け当該事業年度の決算書から除外して申告したことは、被告会社の将来の損失補填を主たる目的としたものであるとしても、他面同時に法人税逋脱の目的の存する以上前同法条にいう詐偽その他不正の行為というを妨げるものではない。

更に弁護人は被告人の本件各所為が詐偽その他不正の行為に該当するとしても、被告会社は昭和三十四年六月二十二日法人税法第二十四条により脱漏した売上金並びに銀行預金利子の全部を修正申告し、昭和三十四年七月一日所轄税務署長から起訴年度に対する更正決定の通知を受領するまでに脱漏分の法人税金三百七十五万七千八百四十円、金二百五十八万九千六百五十円を納付しているのであるから本件は未遂をもつて目すべきである。すなわち法人税法第二十四条は旧法人税法第二十九条の自首免責の規定を踏襲したものであつて、逋脱の目的をもつて虚偽過少の申告をしてもその後犯意をひるがえして法人税法第三十二条の規定による更正又は決定の通知があるまでは修正申告を政府に提出することができると規定したのは自首免責の趣旨を明らかにしたものであり、この規定は納税者をして正当な納税義務を履行させることによつて法人税法第四十八条第一項の罪を阻却せしめる権利を付与したものであり、法律の認めた権利を行使して税を免れた結果が生じないことになつてもなお逋脱犯が成立するということは前同法条が既遂事実のみを罰するとする構成要件を誤解し、未遂をも罰せんとするものであると主張するけれども、申告納税制度を採つている現在の法人税法の下においては、納税義務者が法人税逋脱の目的をもつて虚偽過少の確定申告をなし、右虚偽申告の後更に正当な税額を納付しないで所定の納付期限を経過すれば、ここ逋脱罪は既遂に達するものと解すべく、すなわち法人税法第四十八条にいう「申告をなすべき法人税を免れ」とは納税義務を消滅させることの意味ではなく、法人税法の要求するところはその納期に、正当な税額が納付されることに鑑みれば、その納期においてあるいはその税額の点において法の要求するところが正しく実現されなかつたとき、ここに政府からすれば法人税収納減少の事実納税義務者からすれば「法人税を免れた」事実の発生があつたものと解するのが相当であり、従つて本件において法人税逋脱の目的をもつて虚偽過少の確定申告書を提出したまま納期を経過した後においては、たとえ所論の如く政府の調査に対し過去の不正をすべて自白し、あるいは法人税法第二十四条により自発的に政府の更正決定のある以前に修正申告書を提出し、税額を納付したとしても、これらは情状としては充分斟酌されなければならないことではあるが、逋脱罪の成立に消長を及ぼすものではなく、法人税法第二十四条は同法第四十三条第三項とならんで申告納税制度が自主的な適正申告をなすことを建前としているので納税者がすでに申告した法人税額について不足額があることを発見した場合には正当な法人税額に修正する機会を認めたものであり、自発的に修正した場合には過少申告加算税等を徴収しないこととし、これによつて申告納税制度の下における法人税の適正申告を側面的に、促進強化しようとするにあるのであつて、この規定をもつて納税義務者に対し法人税逋脱罪の成立を阻却する権利を付与したものであるとは到底考えられない。更にまた弁護人は法人税法第二十九条は納税義務者の自主的納税良心に訴えるだけでは国家の徴税権の目的を果たすことはできないことを承認した規定であり、この規定の存するところからみても政府の更正決定を待ちこれに従つて申告に脱漏していた税額を納付すれば逋脱罪は成立しないこと、明らかであるから本件は逋脱罪の既遂ではないと主張するけれども、申告納税制度の下においては、具体的な課税標準、法人税額の確定は第一次的にはまず申告によることを建前としていることはいうまでもないところであつて、ただ右の規定は課税の公平を図るため政府の調査と異るときは政府はこれを更正すべきことを定めたに過ぎないものであつて、具体的な課税標準、法人税額を確定するための行政上の課税手続であり、かかる規定が存するからとて法人税法が虚偽過少の申告をやむを得ないものとして容認しているものとは到底考えられないところであり、右規定を根拠として逋脱犯の成立時期を云々することは全くあたらない。更にまた弁護人は法人税法第四十八条第三項は間接国税における通告処分にならつたものであつて、すなわち政府が国税犯則取締法によつて犯罪の確証を得たときは間接国税においては通告処分によつて通告し、直接国税においては前記法条に則り直ちに課税標準を決定し納付を命ずるのであるが、納税義務者が命令によつて脱漏税額を納付すれば逋脱犯の成立は阻却され、この命令によるもなお納付しないときに限り告発の手続をとるという趣旨であるからこの点からみても本件は逋脱罪を構成しないと主張するのであるが、法人税法第四十八条第三項の法意は詐偽その他不正行為により法人税を逋脱した場合において、その逋脱税額が未徴収であるときは政府は直ちにその課税標準を更正又は決定してその税額を徴収すべきことを規定したに止るものであつて、この政府の命令に従つて脱漏税額を納付すれば逋脱罪の成立が阻却されるというが如きは固より独自の見解というべく採用の限りではなく、また法人税法違反事件については国税犯則取締法第十二条の二の規定による収税官吏の告発は訴訟条件ではないから(最高裁判所昭和二十八年九月二十四日言渡判決参照)所論は採用しない。

法律に照らすと被告会社の判示所為は各法人税法第五十一条第四十八条第一項但し第一の事実については昭和三十二年法律第二十八号附則第一六号による改正前のもの、罰金等臨時措置法第二条に該当するから、各所定の金額の範囲内において、被告人の判示所為は各法人税法第四十八条第一項、但し第一の事実については昭和三十二年法律第二十八号附則第一六号による改正前のもの、罰金等臨時措置法第二条に該当するから所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定の金額の範囲内において、主文第一項掲記のとおり量刑処断し、被告人が右の各罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金二千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条本文により被告会社にこれを負担させるべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木重光)

(別表 略)

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